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The annex for physics and mathematics of Satis factory -- 物理と数学について雑記

"The Geometry of Supermanifolds" について

C. Bartocci, U. Bruzzo, D.Hernandez-Ruiperez の "The Geometry of Supermanifolds" に目を通した。面白かったと思うので内容をザックリ解説して雑感を書き残しておくことにする。

The Geometry of Supermanifolds (Mathematics and Its Applications)

The Geometry of Supermanifolds (Mathematics and Its Applications)

まず超多様体(Supermanifold)とは何ぞという話をするために、超対称性について。

時空多様体(ここでは4次元で話すことにする)の接空間には計量が入っているので、この構造を保つようなもの=\( SO(1,3) \)に変換関数が制限される。少なくとも量子化していない段階において、ボソン場とは多様体の座標の取り換えに対して\( SO(1,3) \)の(通常の意味での)表現で変換する(スピンが整数である)バンドルの切断である。ゲージ対称性を持つような場に関してはゲージ群の表現空間の元に値を取るように、すなわち各点のファイバーにゲージ群の表現をテンソル積すればよい(ゲージ場は切断として大域的に貼り合わないので語弊があるが、少なくとも内部対称性のゲージ場は多様体の座標の取り換えに対して\( SO(1,3) \)の基本表現で変換するのでこれもボソンと呼ぶ)。

他方、\( SO(1,3) \)はスピノル表現を持つので、スピノル表現で座標変換するバンドルも考えられる。スピノル表現は\( SO(1,3) \)の表現として二価であるが、このような二価表現に従って変換する(スピンが半整数である)バンドルの切断をフェルミオン場と呼ぶ。(一定の公理のもとで)量子化したフェルミオン場は反交換関係を満たすという定理を援用して、古典的なフェルミオン場は「反可換数」に値を取るものとされる:ボソン場の各成分は実数ないし複素数成分であるので、成分同士の積は当然交換する。一方でフェルミオン場に対しては成分同士の積が反可換になるようにする。これも、適当な\(\mathbb{R}\)または\(\mathbb{C}\)上のグラスマン代数を取ってきてテンソル積すれば実現できる。ゲージ対称性がある場合もボソンと同様にすればよい。

このように(古典的な意味での)ボソン場・フェルミオン場が定義され、これらを用いた関数に関する変分問題として力学は記述されることになる。ボソン場とフェルミオン場は、ここまで話した定義上は変換によって混ざり合わないことに注意:座標変換もゲージ変換もボソンとフェルミオン各々で閉じている。そこで新しくボソンとフェルミオンを混ぜるような変換として超対称変換が考えられたわけだが、この変換を組織的に実行するために超場展開(superfield expansion)が導入される。

超場展開とは何ぞや。まず超空間(superspace)を、空間座標\(z^A\)とグラスマンスピノル\(\theta^\alpha\)およびその共軛\(\bar\theta^{\dot\alpha}\)の組とする。超空間上の実数値関数\( \Phi(z,\theta,\bar\theta) \)を考えると、グラスマン座標に関してテイラー展開して \[ \Phi=\Phi_0(z)+\Phi_\alpha(z)\theta^\alpha+\Phi_q(z)\theta^2+\cdots \] のように表そう。\(\theta^\alpha\)は反可換なので展開は有限項で切れる。全体としてグラスマン偶(実数)になるために、偶数次の係数\( \Phi_0,\Phi_q \)などはグラスマン偶、奇数次の係数\(\Phi_\alpha\)などはグラスマン奇となる。\(z,\theta,\bar\theta\)に対して「平行移動」を施すと展開項がそれによって変換を受けるが、適当な移動に対してこれは超対称変換となる:偶数次の係数をボソン場、奇数次の係数をフェルミオン場とみなしたとき、平行移動による変換が超対称変換となる。このように、超対称変換は単なる代数的変換ではなく超空間における「幾何」を反映した対称性なのだ――という感じで、その後超場によって表される超ポテンシャルを導入したり超スカラー場に対する\(\phi^4\)理論のラグランジアンを具体的に書き下すとよく知られたモデルのラグランジアンになるとかそういう話をする教科書が多いのではないかと思う。

さて、上のような経緯によって、反可換な座標を持つ「超多様体(supermanifold)」の概念が見出された。しかしもちろん上の話は数学的定義とするには十分な内容ではなく、超多様体とは何か、どのような定義がよいのか、どのような性質を持つのか、という点が興味を惹いた。この本の序文によれば、初めて(あるクラスの)超多様体が数学的に定義されたのは1975年のことであるらしい。この本は約40年にわたる研究を纏め、あるクラスの超多様体と別のクラスの超多様体の間の関係、超多様体コホモロジー論や超ベクトル束(super vector bundle, SVB)で成り立つ「微分幾何」について解説した書籍である。

1章と2章は準備の章。ボソン場またはフェルミオン場の成分の積を考えると、ボソン場同士、フェルミオン場同士の積はグラスマン偶、ボソン場とフェルミオン場の積はグラスマン奇である。すなわち超多様体上の場は、グラスマンパリティによって\(\mathbb{Z}_2\)次数の付いた環に値を取ることが分かる。そこで1章では次数付き環及びその上の次数付き加群に関する知識をまとめている。2章では層の定義から層に関する操作、層係数コホモロジーに関する基礎的知識をまとめ、また局所環付き空間が関数環の実スペクトルとして復元されることなどを紹介している。

3章と4章には超多様体の定義と基本的性質について書かれている。超多様体として考えられた定義はいくつもあり、それらは全く無関係というわけではない。紹介されるものを列挙すると

となる。

\( (m,n)\)次元の次数付き多様体は、なめらかな実\(m\)次元多様体\(X\)と、\(X\)上の\(n\)次元ベクトルバンドル\(E\)に対して定まるベクトル束\(\bigwedge E\)の切断からなる層\(\mathcal{A}\)の組\( (X,\mathcal{A})\)である。実多様体の各点にグラスマン代数を貼り付けてファイバー方向をグラスマン座標と呼んでいるわけで、最も物理側での話に近い定義だろう。

一方で、超多様体をもっと「幾何的」に――モデル空間となる\(\mathbb{R}\)加群\(\mathbb{R}^m\)の貼り合わせによって多様体を定義したのと同じように定義するということも考えられる。\(B_L=\bigwedge\mathbb{R}^L\)として、\(B_L\)の偶数次の元を\(m\)個と奇数次の元を\(n\)個並べたもの全体を\(B^{m,n}_L\)とする。このとき自然な次数付けによって\(B^{m,n}_L\)は\(B_L\)上の次数付き加群となるので、これをモデル空間として貼りあわせたような空間を考えられる。\(\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n\)の\( C^\infty\)関数にあたる概念として\( H^\infty \),\( G^\infty \),\( GH^\infty \)級という複数のクラスが考えられ、貼りあわせ関数のクラスに応じて\( H^\infty \),\( G^\infty \),\( GH^\infty \)多様体が定義される。詳細な定義はここでは述べないが、これらは各々一短を持っていて困る。\( H^\infty \)級で定義すると奇数次の展開項同士も可換になってしまうので物理と整合しない。\( G^\infty \)は構造層が局所自由でなくなり、グラスマン奇座標による微分が定義できなくなる*1。\(GH^\infty\)は超ベクトル束を定義しようとしたときにファイバーが基点に依存するようになってしまう。

以上のいきさつから、\(B^{m,n}_L\)上の新しいクラスの関数としてG-関数が定義され、局所的にその構造を持つ空間としてG-多様体が導入される。G-多様体は底空間\(X\)・構造層\(\mathcal{A}\)・射\(\mathcal{A}\to\mathcal{C}_X\)の三つ組でモデル空間の構造と共立するものとして定義され、\(GH^\infty\)および\(H^\infty\)多様体からカノニカルに構成でき、またG多様体からカノニカルに\(G^\infty\)多様体を得られる。G-多様体は上に述べたような短所を全てクリアしており、SVBが通常の多様体に対するベクトル束と同じように定められる。

Rothsteinは上の2つとはまた別のアプローチとして、公理的な超多様体の定義を提案した。この公理系によって定まる空間をこの本ではR-多様体と呼んでいる。R-多様体についてはあまり多く触れず、G-多様体がR-多様体の例となっていることを示すにとどまっている。

\( H^\infty \),\( G^\infty \),\( GH^\infty \)およびG-多様体は一部においてカノニカルな対応があるものの、一般には対応関係があるわけではない。また次数付き多様体との関係も一般には不明である。しかし5章において、De Witt多様体と呼ばれるクラスの超多様体に関してはこれら全てをつなぐ対応関係があることが明かされる:De Witt \(H^\infty\)多様体と次数付き多様体は互いに他方を構成でき、De Witt \(G^\infty\)多様体はG-多様体への拡張を持ち、G-多様体から\(H^\infty\)多様体を構成でき、\(H^\infty\)多様体は\(GH^\infty\)多様体へ、\(GH^\infty\)多様体は\(G^\infty\)多様体へ拡張できる。これは超多様体の構造層を係数にしたコホモロジー論からの結果である。5章ではde Rhamコホモロジーの超多様体版であるsuper de Rhamコホモロジー(SDRコホモロジー)を定義して、de Witt G-多様体の構造層がacyclicであること、そのSDRコホモロジーが対応する実多様体の\(B_L\)係数de Rhamコホモロジーと一致することを見る。

6章ではSVBに接続が入る条件、接続形式と曲率形式の定義、複素超線束(complex super line bundle, CSLB)の話題を経て、CSLBの偶および奇同義反復束(even and odd tautological bundle)の障害類としてeven and odd Chern classを定義し、それらがCLBのCharn classと同様の公理を満たすことや、接続が入る場合にはChern-Weil理論がそのままの形で成り立って曲率形式によって特性類を表せることを示す。またDe Witt多様体は常に接続を入れられるという事実も重要である。

7章はLie supergroup(LSG)およびLie superalgebra(LSA)について。G-多様体の圏の群対象としてLSGを定義し、G-多様体へのLSGの作用、 LSG上の左不変次数付きベクトル場としてのLSAの定義、主超束(principal superfiber bundle, PSFB)の定義、PSFBの接続と底となるG-多様体の接続の関係、同伴超ファイバー束の構成や任意のSVBがPSFBのassociated SVBとして構成できることを証明する。

以上が本の内容の概要である。以下思ったことをつらつらと書いていく。

1~3章半ばまでは雌伏のときという感じだったけれど3章後半でSVBを定義するあたりでテンションが上がる。位相幾何、層係数コホモロジー、複素幾何の基礎体力が備わっていないために5・6章はあまり消化できていないが、それでもCW理論がそのまま成り立つのはすごいなぁという感想。レベル上げして再読したいところ。7章ではよく知った議論が超多様体にそのまま焼き直されていくのを見て再びテンションが上がった。

De Witt多様体は超多様体の中でも狭いクラスだが、物理の応用でよく出てくるのはむしろこれであるらしい。おそらく次数付き多様体から構成できる点で、通常の多様体から地続きに拡張していけるからだろう。

本に書かれていない内容で気になったのは

  • 成分表示での計算、特に超場形式を本当に再現するか
  • 次数付き接空間に計量を入れられるか、その計量と共立する接続は入るか(SUGRAをやるのなら避けて通れない話のはず)
  • De Witt超多様体の座標変換とunderlying smooth manifoldの座標変換の関係、特にodd coordinateに関して:本当に奇数次はスピノル表現に従うのか、何か条件は要るのか
  • 物理で言うところの超対称性の数\(\mathcal{N}\)はどこに出てくるのか
  • 多様体上の「積分」の定義。「自然」な仮定からグラスマン積分を再現できると嬉しい

あたりだろうか。SQFTや超弦理論での応用については文献が上がっていた。それらを読むか、SUGRAの本を見るか。

図書館で借りて読んでいたが、上述の通り全容を理解したとは全く言えない。一応先日のSpringer祭りのときにPDF版を落としてはいるが、紙で所持して気がついたときに手に取って開けるようにしておきたい類いの本であると感じた。しかしこの本、Amazonで新品も中古もおよそ3万円とナカナカいい値段をしやがる。頑張れば出せないわけでもないが、正直それよりいい加減古くなってきたパソコンの買い換え費として置いておきたいのだ。買いたい。でも高い。買いたい。高い。プレゼントしてくれる方、お待ちしています。

The Geometry of Supermanifolds (Mathematics and Its Applications)

The Geometry of Supermanifolds (Mathematics and Its Applications)

*1:これで何故困るのかと言われると、物理としては微分できてほしいのが人情だからという答えしか私には返せない。数学の友人にこれを言ったら変な顔をされたので人情の数学的定義を考えておこう。